池袋に行った帰りのこと。
小田急に乗って帰っているとT君からメールが来た。乗り換えの駅まであと三十分。私はちょうど十分ほどで着く。あらまあ偶然一緒に帰ろうぜということになり、JRの改札まで迎えに行った。
常々カラオケ大好きヤローから執拗にカラオケ行こう行こうと誘われていたんだけど、私は頑なに断り続けていた。だけど今日は一時間だけ、ってことで、カラオケ行くことになった。私はメロンソーダ飲んでるから好きなだけ歌ってくれ?……こないだの同窓会で判明したけどT君はかなり歌うまい。あと歌ってる時は一秒たりとも止まってる時間がない。動かないと死ぬのか。回遊魚か。歌うますぎて悔しい。その上、巻き舌もうまいときた。ずるい。喉とっかえてほしいわ。
いろいろ歩きながら話していて、私はうんうんと頷くだけしかできず、将来のことを考えてるうちに、泣きなくなった。頷く度に首が下がる。悩んでるのは向こうなのに、いつの間にか私が励まされていた。目元を拭うと「強くなろうぜ」と肩を叩かれた。上を見る余裕ができると、昼にプラネタリウムで知った夏の大三角形が見えた。こんな街灯の多い場所では、初めはいくつかの明るい星しか見えない。でも首が痛いのを我慢して空を見続けると、ちょっとずつ見える星が増えていくんだ。夏の大三角形ベガ・アルタイル・デネブから、こと座とわし座と白鳥座が見える。見えなくても、その間には天の川があることを知っている。
「綺麗な星空は自然の中でしか見えない」と思い込んでる人は損してる。プラネタリウムみたいに全部くっきり見えるのだけが完璧な夜空じゃあない。その日その時だけの雲の形を楽しむように、その日に見えた星の数を楽しめばいい。見えない星を恋しく思えばいい。それを告げると、同じことを考えてる人がいたとは、と言われた。
二十歳の八月は毎日が台風だった。予告もなく雨が降り、飛ばされそうになるのに、なぜかわくわくする。風に抗って足はくたくただ。もうイヤって叫びながら家に着く。いつもの家が楽園に思える。帰る場所がなかったら台風なんかには一切胸を躍らせたりしないだろう。平気で家を飛び出すから、悪天候もチャンスに思えるんだ。逆境こそ楽しまないと、そんなことわかってるつもりだった。それでも弱気になってしまう時は、また「チャンスじゃねーか」って励ましてくれ。マンションの非常階段で八月を見送る。それでも抗う覚悟はできている。