2011/10/30 Sun

カムバック紙パック給食牛乳


牛乳のジレンマ。冷たい牛乳はおいしい。コップに注いで時間が経つとぬくるなってしまう。ぬるい牛乳ほどまずいものはない。かといって、ぬるくならないうちにコップ一杯をぐいと飲み干すと、お腹を壊す危険性が高い。かといって、氷を入れると薄まってこれまたまずい。かといって、凍らすなど論外。

これはアツアツの唐揚げでも同じことがいえる。できれば冷めないうちに食べたいが、序盤に食べ尽くしてしまうとお楽しみがなくなってしまう。かといって、最後までとっておくと冷めてしまうし、満腹状態ではおいしさが半減する。「好きな食べ物は最後にとっておく派」に課されたつらい試練である。というかこの話、前にも書いた記憶がある。

とにかく、そんなわけで、いつ牛乳を飲めばいいのかわからずにいる。食事時だと時間が経ってしまうし、朝や夜に単体で飲むとお腹を壊してしまう。「ちょっとずつ飲めば?」と思われるかもしれないが、牛乳って舌じゃなく喉で味わうものだと信じて疑わないのだよ。個人的には、チョコレート系のお菓子を食べる時に飲むのが良いと思ってはいるのだけれども、そもそも間食の機会が減り、月に数回あるかないかだ。

このような牛乳離れした生活がもう五年以上は続いている。十年以上前におばあちゃん並みと医者に褒められた私の骨密度。はたして今一体どうなっているのか。最近、猫背で作業していると、背骨が真ん中からボキィッといくんじゃないかと思えて、怖くてしようがないっす。
posted by あいだ at 23:43 | Comment(0) | 食べる

2011/10/27 Thu

自転車に甘んじないぼくらのたたかい


食パンをくわえて家を飛び出すのは女子高生の特権だと思う。いい歳した大人は、時間に余裕をもち、朝はドトールかエクセルシオールあたりで一服してから出勤するのが当たり前で、駅までダッシュなんてみっともない。


16 時。私はバイト先の塾の前にある横断歩道で、信号が変わるのを待っていた。ふと右に目をやると、小柄な女の子が走っていた。秋物ブーツの踵を鳴らし、紅葉色のチェック柄ストールと、真っ直ぐな黒髪をなびかせて。そしてそんな今時の女子大生らしい格好に不似合いの、拳を握り締めドタバタ走り(わりとガチ)。顔を見るまでもなく、知り合いだとわかった。

彼女は小学生以来の友達で、中学では同じ部活・習い事・塾に所属し、毎日のように顔を合わせていた。そして高校で喧嘩別れし、去年仲直りした。家が近いから試合の遠征前なんかによく待ち合わせたんだけど、部長のくせに、いつもいつも遅刻。で、走ってやって来る。あの時の走り方と全く同じで、二十歳過ぎて駅までダッシュするあたり、変わってないからすぐわかったよ。思わずメールしてしまった。「今走ってた?」

23時。私はバイト先の塾の前にあるデパートの横を歩いていた。「電車は間に合った。スーツ似合うね」という主旨のメールが返ってきていて(顔合わせてないのに一応わかったんだなぁ)、それに対する返信メールを打ちながら。ふと前を見ると、正面から小柄な女の子が歩いてくる。…またか!念のため「Lちゃん?」と声をかけると、「おー!」と返したのはやっぱり夕方に見た子と同じだった。

一日で二回も遭遇するなんて滅多にないぞ。嬉しかった。と同時に、まだその遅刻癖が直らないのかと呆れた。まぁ私もこれを書いてる今、駅までダッシュしたけど乗り遅れて一本後の電車の中なんだけどさ。
posted by あいだ at 22:22 | Comment(0) | 友人

2011/10/23 Sun

帰路、駅のホームにて


自販機の貼り紙に「停電時には、あたたかくないものが出る場合があります」と書かれていた。


別にどこがおかしいという訳ではないけれど、何となく想像力を掻き立てられる書き方だと思った。電力の供給がなければ中の温度が保てなくなり、復旧直後のまだ規定の温度に達しない間に購入されると、ぬるい飲み物が出てくる可能性がある。ご了承ください。書き手の伝えようとしている意図は明確だ。ただ「ぬるい」という意味を「あたたかい」の否定で表し、さらには「飲み物」とさえ断言しないあたりに、私はセンスを感じる。

その状況になった時、きっとお金を入れてボタンを押した人は「あたたかい飲み物」が出てくることを期待しているはず。それなのに、期待とは違うものが出てきた。「あたたかい」の否定は、そんな機械の裏切りに「あたたかくなかった…」とガックリ落胆する消費者の立場をおもんばかる態度が表されていると思う。もっと言えば、停電した時間によってはぬるいどころか冷たくなってるかもしれない。「あたたかくない」はどちらの可能性をも示唆している。「ぬるかったらゴメン」といって冷たい飲み物が出されるよりは、ましな気がする。

さらに、「停電時」という状況を考えると、恐らく節電対策が実施されている冬の頃だ。暖房も制限されていることだろう。寒空の下、駅のホーム。自宅まではまだ遠く、列車もしばらく来ない。ふと横を見ると自販機があり、「あたたか〜い」の文字が誘っている。冷えた手で取り出される120円は、喉を潤す以外の目的をも期待してねじ込まれるに違いない。人がホットコーヒーを求める理由は「飲み物」としての役割に限られるわけではない。それを見越して、あえて「もの」とぼかして書いたのだとしたら、何て気の利く人だろう。


考えるにつれ、はじめは違和感をおぼえた「あたたかくないもの」という言い回しが、むしろ適切な表現であるような気がしてきた。「ぬるい飲み物」では言い表せない、思いやりと人間味を感じる。そしてたった一枚の貼り紙に対する考察で、小一時間ほど楽しめてしまう私は、なんて安上がりな人間だろう。宇宙は広がっている。こんな場所にまでも。
posted by あいだ at 23:06 | Comment(2) | 空想する

2011/10/21 Fri

アントキラー


今思うと、丸ごと夢の中の出来事だったような気がする。でもあの日からすれば、昨日までが夢のように思えてしまった。楽しかった思い出が走馬灯のように駆け巡り、突然の「別れたい」を撤回させるために必死だった。

「嫌いだ(><)」って言われたけれど、嘘だと確信していた。それが本当だとして、今までの好きが嘘ってことになるなら、T君にしては嘘が上手すぎる。盛大な茶番やお遊びにしては彼の方にデメリットがありすぎる。嘘つくのが下手と言っていたことさえ嘘だとしたら、全部も含めてすべて演技ならハリウッド俳優になれる。

嫌われてないという一点に絶対の自信を以て、電話越しに無様に泣きすがり反論し、しつこく食い下がった。「絶対幸せになるから持ってた方がいい」なんて、怪しい壺の押し売り業者のテクニックを駆使して、根拠のない言い分で説得。終いには「お願いだから別れて(><)」と泣いて懇願されちゃって、もう私の心は細切れの肉塊状態だったけど、負けじとダダをこねて、なんとか一命をとりとめた。

お互いが一番の存在という確かな地盤の上に立ち世界が回る、そんな毎日に平和ボケしていたのだと思い知った。去る者追わずが美しいのだろうけど、醜くてもこれだけは譲れなかった。離せなかった。蟻地獄にでもなったかのような。
posted by あいだ at 12:58 | Comment(0) | 雑記

2011/10/19 Wed

しらすトリップ



ちっちゃくて、細くて、色白で、目が大きくて、繊細で……


ぎゅうっと旨味の凝縮された、そんな、しらすみたいな生き物になりたいな。



乙女らしいポエムを引っ提げて久しぶりに更新しに来ました。しらすは万能だよね。女の子の必須アイテムだよ。森ガール的な雑誌で、しらすがうまいカフェとか特集してもいいんじゃないかな。あんまり関係ないけどお茶漬けも喫茶店のメニューに加えるべきだよね。まぁ私だったら永谷園の鮭茶漬け買って家で食べるけどね。


更新したいなぁとは思うんだけど、↑こういうありきたりなことしか思い浮かばないんだよね。私の日常なんて、食べることくらいしかイベントがない。それは昔からそうなんだけど、昔はもっといろんなことを考えて、うまく言葉にできていた気がする。私としては今のほうが楽しい暮らしをしてるはずなんだ。まぁそれが執筆意欲が比例する訳でもなかろうし、どうでもいいことなんだけれど。

ただ、過ぎ行く何気ない日常に対する愛着とか、価値観が変わったのかもしれないと思うと寂しい。何でも宝物に思えた幼い頃の気持ちを忘れて、理屈を超えて大切にしてきたガラクタを、不要と割り切って簡単に捨てられる大人になるのかしら。まだ今はそうなってないと思う。ランドセルも防災頭巾も捨てられないもの。決して億劫だからという理由だけではない。クローゼットに手をつけたら収拾つかなくなるなんて、そんな理由じゃないんだよ。ほんと。開かずの扉だぜ。

大人になった時に今の気持ちを忘れないように、子供の気持ちのわからない大人にならないようにって書き綴ってきたけれど、結局そんな大人になる時になったらこんな記録など無駄なのかもしれない。所詮、昔の自分っていう別人が書いたものとしか見れないのかもしれない。昔の写真を見たって、昔のファッションセンスは理解に苦しむもんなぁ。


しらすの話から飛んで変な方向にいってしまった。しらすは万能だ。万物の根源だよ。

posted by あいだ at 21:19 | Comment(0) | 日常