2013/10/27 Sun

人付き合いに免疫がないとこうなる


世間知らずの小娘だけど、社会人になって本当にちょっとずつ、ささやかなことで経験値を積んでいる。オンラインショッピングや銀行振込、口座開設、有休申請、新幹線の予約……きっと、大半の人がすっとできるような事を、その都度ネットで「○○ やり方」なんて調べたりしつつ、一大イベントのようにこなしていく。高校で初めて定期券の継続を申請した時も、ドキドキしながら窓口に並んだなぁ。

最近、また一つ「大人になったな」と思うことがあったので、成長の記録として残しておく。


一連の出来事をざっとまとめるとこんな感じ。

・中学時代の友人から宝石の展示会に誘われる。
・興味ないなーと思いつつ、友人付き合いを優先して出向く。
・販売員付きっきり&友人のアシストにより、指輪を買わされる。
・後に、宗教絡みのブランドのイベントだったことを知る。
・その宗教がわりとヤバイことを知る。

勧誘の時点で勘付いてはいた。だって場所と概要で検索すると、イベントに関する情報が知恵袋のこの質問しか出てこないんだもの…。怪しい勧誘だったとして、それはそれで社会経験かな、なんて思ってた。「試着いっぱいできて楽しいよ」って言われて、興味ないとはいえ、知らない世界を体験してみたい気持ちもあった。

千円くらいの日用品でさえ買い渋るようなどケチな私なら、絶対に買わないだろうと思ってた。「自分は大丈夫って人が一番危ない」って本当だったんだな。これにしますと決めて、休日手数料も気にせずお金を下ろしにATMへ向かいながら、騙されてる自分を実感して、不思議と大人びた気持ちになっていた。現金一括払いした後、同じ会場に展示されていた絵画の作者経歴が、全部同じ国なのを見て、しんみりと残念な気分になった。

何より悲しいのは、その友人が私の大好きな人だったことかな。

一緒に住宅展示場やショッピングモールを見に行った時みたいに、「そういうイベント」を楽しむために誘ってくれたんだと思ってた。疑いはあったものの、いわゆる「勧誘」みたいなことをする人じゃないって信じたかった。実際、危ない話には一切触れなかったし、その日のランチやショッピングはいつも通りの彼女だった。宝石着けて鏡の前で変な顔して、笑い合ったりしてた。

彼女も「去年お母さんと行って楽しかったから」と言っていたから、もしかしたら本人も純粋な宝石展と思って誘ってくれたのかもしれない。そうじゃなかったとしても、信仰の自由、大いに結構。なのに何だろう、すごく悲しくなった。彼女にとって私は、騙されやすそうに見えたのか。はたまた縁が切れてもいいような存在だったのか。


大人びた気でいて、所詮は世間知らずの小娘だった。その後クーリングオフについて調べ、内容証明と配達証明で通知書を出し、また一つ私の人生経験値が上がった。これが宗教トラブル、裁判沙汰なんかのヘビーな経験に繋がらないことを祈っている。


posted by あいだ at 21:23 | Comment(0) | 友人

2013/10/01 Tue

まとものプロフェッショナル


暗い内容が続くので、まだ番号つけていきます。

本当は普通の内容も書けるんだと思います。たぶん私は首を吊る五分前でも「大丈夫だよ(*^▽^*)」ってメールできるタイプです。文章ならいくらでも嘘がつける。嘘をつく時の罪悪感が一番少ない。

だけど本音を書きたい。今はまだ、もう少し先まで歩いてみる。


***






消えたい、眠い、死んでほしい、眠い……それだけを一途に思い続けた九月は昨日死んだ。

どうも過眠症が悪化して、一日中ひどい眠気を身に纏って過ごしている。帰りの電車がとくに辛い。「吊り革に掴まったまま寝れるようになった」と言うと、どこでも眠れるなんてのん気だなぁと笑われるけど、当人にとっては拷問に近い。会議中なんかの「眠いけど寝てはいけない」の十倍は辛い。会議中は椅子があるし、バレなきゃ眠ってもいい。社会人としての信頼は損なわれようが、少なくとも睡眠欲には応えられる。

電車は寝ちゃだめの精神論ではなく物理的に眠れないから、うとうと→ガクンが永遠と続く。気絶させられてすぐに水を掛けられて目覚め、また気絶させられるのを繰り返している感覚。吊り革に掴まれる時はまだいい。吊り革のない位置、車両の真ん中に立っていると、いっそ殺してくれと思う。たった一ミリでさえ体が傾くことを許されない。それでも体は眠ろうとする。

満員電車ならまだある程度体が固定されるけど、脱力した私を支えるほど人々は優しくない。帰りの半蔵門線は座席吊り革すべて埋まり、一時間立ち続けても座席が空くことがなく終点に着くのが大半。終点と言っても私にとっては乗り換え駅。苦痛から苦痛へ接続。通勤時間は私に生きてる意味を考えさせてくれる。

起きてる時間はなるべく少ない方がいい。意識のない時間を極限まで増やしたい。そんなささやかな願いから、いつでもどこでも寝る人になった。出社後、始業開始ぎりぎりまでトイレで仮眠するし、エスカレーターが改札階に着くまでのわずかな時間さえ目を瞑ってる。大学生の頃はまだ、課題や提出物があれば徹夜して終わらせたけど、今はもうどうでもよくて、やらなきゃいけないことも後回しにして早め早めに意識を閉ざしている。遅延とか一度やるともう何でもなくなる。


それでも今こうして何かを書く気持ちが起こったのは、少し回復した証だと思う。ちょっと前まで、楽しいこと好きなことも含めて何もやりたくなかった。辛いって言うのも面倒臭い。見捨ててほしかった。いっそいなくなってもいいと思って欲しかった。偽善で生かされてる気がした。

posted by あいだ at 22:22 | Comment(0) | 日常
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