昨日も述べた通り私は芋虫毛虫の類いに弱い一方で、嫌われ者の代名詞・ゴキブリには無反応、というより、豹変する。普段は虫も殺せぬへっぴり腰が、ゴキブリ相手にはなぜか強気になる。
このマンションに越してきて十年以上経つけれど、私がゴキさんに遭遇したのは三回ぐらい。そのうちの一回が今日だった。夕食後、食器を台所に運んでいる時のこと。ふと視界の隅に異変を察知し、足元を見るとゴッキーが廊下に佇んでいた。
これが毛虫や芋虫なら「奴だ」と頭で判断すると同時に情けない声を上げて飛び退くんだけど、Gに関しては、蚊を見かけた時と同じように、驚きより先に「抹殺」の二文字が頭に浮かぶ。眉ひとつ動かさずそばにあった古新聞を掴み、無言でバンバンバンと叩きつけ、弱ったところをティッシュで捕獲。薄いティッシュの中でわらわらと動く黒い生き物を捻り潰し、ビニールに閉じ込めて処分。ミッションコンプリート。
娘の奇行をあやしがり「どうしたの?」と訊ねる母に「始末した」と冷静に答える私の渋さはさながら敏腕エージェント。
私って意外と敏腕エージェントなんだということを誰かに伝えたくなり、ゴキブリ嫌いのT君に「ゴキブリが出たから始末した」と報告したら、「ちゃんと食べた?」と聞かれた。潰したくらいで得意になっていた自分が恥ずかしくなり、彼の期待に応えられそうにもないので、それ以上は言わなかった。