教える立場でありながら、生徒に教わることは多いものだ。私は教科書に載っていることを伝えるだけだが、生徒は、教科書には載っていない、大切なことを教えてくれる。
小学六年生の女の子との算数の授業中。
生徒「今日毛虫を八匹見たんだ」
私「えっ!やだね。どこで見たの?学校?」
生徒「学校、と通学路。通学路に毛虫ゾーンが三ヶ所あるの」
毛虫ゾーン…。
生徒の個人情報を聞き出すのはご法度である。この辺の地理に詳しい私が通学路を問うのは住所を聞き出すのと同じことかもしれないが、それでも訊かずにはいられなかった。
私「け、毛虫ゾーンって、近くに何があるところ?」
生徒「中学校の前の道と…歩道橋の近くと…病院の近くの木の下」
通常の三倍の精度を誇る毛虫レーダーを以て、視界の端にそれが入り得るものなら悲鳴とともにUターンし、あらゆる木の下を通らずに目的地へ辿り着くコースを長年研究してきたほどの、アンチ毛虫界のヘビー級ファイター。そう思い込んでいた。甘かった。自惚れていた。
まさかそんな近所に、しかもよく利用する道にとんだデンジャラスゾーンが三ヶ所もあったなんて、知らなかった。今まで見かけなかったのは運が良かっただけなのか。否、私ほどの者の目を欺くほどの毛虫(つわもの)が潜んでいるのだろう。
この年で毛虫ゾーンに気付くとは、この子は天才か……。その道を毎日通ってるのと眉一つ動かさず淡々と語る少女に、「先生」と呼びかけたくなった。
そんな有益な情報を頂きながら、その日私が教えたことといえば「速さ=道のり÷時間」これだけ。もっと精進しなければ、と心に誓った。