2011/10/23 Sun

帰路、駅のホームにて


自販機の貼り紙に「停電時には、あたたかくないものが出る場合があります」と書かれていた。


別にどこがおかしいという訳ではないけれど、何となく想像力を掻き立てられる書き方だと思った。電力の供給がなければ中の温度が保てなくなり、復旧直後のまだ規定の温度に達しない間に購入されると、ぬるい飲み物が出てくる可能性がある。ご了承ください。書き手の伝えようとしている意図は明確だ。ただ「ぬるい」という意味を「あたたかい」の否定で表し、さらには「飲み物」とさえ断言しないあたりに、私はセンスを感じる。

その状況になった時、きっとお金を入れてボタンを押した人は「あたたかい飲み物」が出てくることを期待しているはず。それなのに、期待とは違うものが出てきた。「あたたかい」の否定は、そんな機械の裏切りに「あたたかくなかった…」とガックリ落胆する消費者の立場をおもんばかる態度が表されていると思う。もっと言えば、停電した時間によってはぬるいどころか冷たくなってるかもしれない。「あたたかくない」はどちらの可能性をも示唆している。「ぬるかったらゴメン」といって冷たい飲み物が出されるよりは、ましな気がする。

さらに、「停電時」という状況を考えると、恐らく節電対策が実施されている冬の頃だ。暖房も制限されていることだろう。寒空の下、駅のホーム。自宅まではまだ遠く、列車もしばらく来ない。ふと横を見ると自販機があり、「あたたか〜い」の文字が誘っている。冷えた手で取り出される120円は、喉を潤す以外の目的をも期待してねじ込まれるに違いない。人がホットコーヒーを求める理由は「飲み物」としての役割に限られるわけではない。それを見越して、あえて「もの」とぼかして書いたのだとしたら、何て気の利く人だろう。


考えるにつれ、はじめは違和感をおぼえた「あたたかくないもの」という言い回しが、むしろ適切な表現であるような気がしてきた。「ぬるい飲み物」では言い表せない、思いやりと人間味を感じる。そしてたった一枚の貼り紙に対する考察で、小一時間ほど楽しめてしまう私は、なんて安上がりな人間だろう。宇宙は広がっている。こんな場所にまでも。
posted by あいだ at 23:06 | Comment(2) | 空想する
この記事へのコメント
ああ、あなたの言葉の感受性は繊細だ。
本当によくものを見、感じていると感心します。
「ぬるい」ではなく、客の心の期待感に思いをはせて「あたたくない」飲物が出てしまったときの一瞬の間。
大阪人なら「ちゅーとハンパな温度やな」と突っ込みを入れて、飲むんでしょうけど。
Posted by なおぼん at 2015年08月03日 15:57
古い記事に注目していただいてありがとうございます。
我ながら、ふと目にした張り紙からこんなことを考えていたのかと懐かしくなりました。
Twitterをやっていたら張り紙の写真を撮っていたんでしょうけど、
140文字ではこのニュアンスは表せなかったでしょうね。
Posted by あいだ at 2015年10月17日 23:59
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