ベッドの中で下界の音を聴く。ああ、今日はなんて風が強そうなのだろう。髪が顔にまとわりついて、鬱陶しいにちがいない。そんな日には外に出ないと決めている私だった。
それにしても「鬱陶しい」という言葉は、実によくできている。湿った樹海のようにややこしい字面を見ただけで、第三者までげんなりした気持ちにさせてしまう。また「うっ」と息の詰まった音と、「とーしー」という投げやりな音がつながって、吐き棄てるように呟くのが妙にしっくりくるのだ。あーうっとーしーな、もー。こうするととてもリズムが良く、いらいらしたときには思わず口ずさみたくなる。それだけで少し気が晴れる。
最初に「鬱陶しい」と言った人はきっと、ちょうど今日みたいな、髪が顔にまとわりつくような風の強い日に、思わず「うっとーしー」と口走ってしまったに違いない。それぐらい、「鬱陶しい」という言葉は自然で、そして忠実に人間の複雑な心情を濃縮して体現している。マイナスな意味とは別に、実によくできたものだと素直に感心してしまう。
きっと神様が作った言葉なのだろう。だからここまでしっくりと馴染むのだ。心の広い神様だって、時には忙しさに溜息を吐きながら「うっとーしー」とぼやくこともあるはず。そしてその溜息が、強風となって地上に吹くのだろう。これは神様が与えてくれた休息なのだ。だから、風の強い日には外に出ないと決めている私だった。